HELVETICA / ヘルベチカ

ARTWORK

HELVETICA / ヘルベチカ
2022

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150 sec

 
 
この作品のモチーフはHELVETICAの「U」である。
 
現在、ローマ字のUで表される音は、ある時期までは他の音とともにVの字で表されていた。更に元をたどると、この字は5000年以上前に作られたヒエログリフの(quail chick, Egyptian Hieroglyph G043 /U+13171)に行き着く。そこからは、最終的にF、V、U、W、Yの5つのローマ字が生まれている。その中で最も遅く生まれたローマ字がUである。そしてUは数学においては全体集合を意味する文字でもある。
 
また、HELVETICAは人類史上最も広範に使われているローマ字の書体で、今日、世界のあらゆるところにこの書体は進出している。Microsoftや3MやDoleやNestleのコーポレートロゴとして。この書体は文字の形から地域性や歴史的背景を取り除くことを目指した国際タイポグラフィー様式を代表する書体でもあり、人類が文字の形そのものにも普遍性を追求する中で辿り着いた、一つの究極の形と言えよう。
 
自らの黒人性とハイファッションの世界を支配する白人性の境界の溶融を目指したヴァージル・アブローが、彼のブランドであるオフホワイト(黒と白の中間を意味する)のコーポレートロゴにヘルベチカを用いたのも、ヘルベチカの持つこの徹底して中立な造形ゆえと思われる。 さて、文字は思想を伝えるために現生人類が発明したものである。
 
思想の乗り物となった文字たちは無数の概念を生み出して人類社会の中に境界線を作り、それによって世界の見え方から可能な限り曖昧さを排除し、世界の解像度を上げてきた。 我々が生きているのはそのような文明である。この文明のありようは我々の祖先が5000年以上の時間をかけて選び続けてきた歴史の結果でもある。
 
だが、このようにして世界の分節化を推し進めてきた結果、我々の文明は曖昧さの存在に耐えられなくなってしまった。多様性の重要さを指摘し続けなければならないこと、それ自体が過剰なまでに推し進めらた分節に負の側面があることの証拠である。
 
我々人類は、曖昧さとともにあることの価値を、未来の文明の中に打ち立てなければならない。 UがときにVであり、Fであり、Wであり、Yであるかもしれない曖昧さ。その新しい曖昧さの中から、UでもVでもFでもWでもYでもない何かが生まれるだろう。 この作品において、オフホワイトのヘルベチカのUは光を反射し水に映り、水の揺らぎの中でだけ形作られる。UをUであらしめるのはU自身ではなく、Uになり得る何かとその周囲の環境との相互作用なのだ。
 
かつてヴァージル・アブローが目指した黒でもなく白でもない領域、しかしそれは一方で黒人性と白人性という二つのアーキタイプ、二つの本質を前提としてもいた。
 
私はヴァージル・アブローの思想をさらに発展させ、全ての事物の本質は曖昧さそのものであり、それが何かに見えるとは、それをその何かとして見せている環境と、それをその何かとして見ているものがいるということでしかないと主張する。それは、より多くの可能性をこの世界に解放する考え方である。
 
それ自身が光を放つ太陽のような曖昧さの無い文明から、太陽の光を受けて様々な形に変化する月のような文明へ向けて。

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